名古屋高等裁判所 昭和31年(う)1199号 判決
弁護人等の事実誤認の論旨について案ずるに、原判決記載の被告人の犯罪事実は、何れも原判決挙示の各証拠によつて之を認めるに十分である。
尚、甲弁護人の第一点の(一)の論旨については、前記各証拠によれば、被害者佐藤八重子が原判決記載第一の(一)、被害者佐藤笑子が同第一の(二)、被害者村瀬満智子が同第一の(四)、各記載の暴行脅迫を被告人から受けたため、被害者等が何れもその乗つていた自転車に附けていた物品を、右自転車と共にその場に放置して逃げ去つたこと、及び被告人が間もなく右自転車に附けてあつた物品を持ち去つたことは認められるが、原判決第一の(三)、(五)、(六)及び第三記載の場合は、被害者等が何れも該被害品を放置して逃げたのではなく、被告人がその暴行脅迫によつて各被害者所持の物品を持ち去つて強奪したこと、並びに原判決第二の(一)記載の場合は、被告人が安田鏑子に対する暴行脅迫を加えたが、所持の物品を強奪するに至らなかつたことが認められる。而して前段の場合のように被害者等がその所持する各物品をその場に放置した場合と雖、該物品の占有を抛棄するの意思ではなく、ただ被告人の行為のため一時的にその場を避け、その附近に在つたことが認められるので、各被害者は依然として該物品に対する占有を持続しているものといわなければならない。従つて、被告人が該物品を被害者等の逃走後間もなく持ち去つたことは、前記暴行脅迫によつて之を領得したものというべく、之をもつて何れも該物品を強奪したものと認めなければならない。又強盗と恐喝との差異は、犯人において他人より財物を領得するため、その財物の所持者に加えた暴行脅迫の手段が、社会通念上一般にその所持者に対してその反抗を抑圧する程度のものであるかどうかの点にあるのであつて、若しその暴行脅迫の手段が所持者の反抗を抑圧する程度に畏怖の念を生ぜしめる場合は、之を強盗と認め恐喝と認めるべきではない。原判決挙示の各証拠によつて認められる原判決認定の被告人が前記各被害者に加えた暴行脅迫の手段は、同人等に各その反抗を抑圧する程度のものであることが認められるので、被告人の各行為は之を目して恐喝とは認めることはできない。従つて原審において被告人に対する前記各強盗の事実を認定したのは正当である。同弁護人が挙示した各判例は、何れも恐喝の事実を前提とするものであつて、強盗と恐喝との区別について論じたものではないから、前記説示と牴触するものではない。
同弁護人の同(二)の論旨については、この点に関する原判決挙示の各証拠によれば、被害者安田鏑子が被告人の原判決第二の(一)記載の暴行脅迫によつて逃げ去る際、途中の道路上に同(二)記載の物品を落したことが認められるけれども、同人は該物品を抛棄する意思ではなく、その後被告人において該物品を拾い上げるのを目撃しながら当時の状況よりして之を取返すことができなかつた事実が認められるので、右被害者は依然として該物品の占有を持続していたものと認めるのが相当である。従つて該物品は遺失物ではない。被告人の所為を窃盗と認定した原判決には少しも誤認はない。
(裁判長裁判官 高橋嘉平 裁判官 伊藤淳吉 裁判官 梶村謙吾)